日立製作所の出島会社「ハピネスプラネット」はこうして生まれた!矢野和男氏が語る0→1から出島会社化までの誕生秘話

ハピネスプラネット

イノベーションのジレンマや人材の流動性の問題など、成熟企業において新規事業をゼロから立ち上げるのには障壁がつきものです。

そこで、日立製作所で18年間、新規事業の立ち上げに挑戦し、2度の社内ベンチャー立ち上げの失敗を経験しながらも、2020年に同社ではじめて出島会社を設立した矢野和男氏に「新規事業立ち上げの苦悩と成功のヒント」を伺います。

聞き手は成熟企業で60件以上の新事業を創出し続けてきたキュレーションズ代表の根本隆之です。新規事業の立ち上げに奔走してきた両者が、事業立ち上げの難しさとそれを打破するための内部戦略についてお届けします。

■話者紹介

矢野和男(やのかずお):日立製作所 フェロー/ 株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO

1984年日立製作所入社。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ニューヨークタイムズなどに取り上げられ、ナノデバイスの室温動作に道を拓く2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引してきた。論文被引用4,500件、特許出願350件。
現在は、AIや社会におけるデータ活用の研究をテーマに、同社フェローを兼任しつつ、2020年7月に株式会社ハピネスプラネットを創業、代表取締役CEOに就任。

根本隆之(ねもとたかゆき):キュレーションズ株式会社 代表取締役

2002年ソニー株式会社入社。ネットワークサービスの立上げ、要素技術のモバイル活用の企画を担当。2007年同社のブランドデータバンク事業に参画し、2010年に株式会社マクロミルに事業譲渡後、2013年にキュレーションズ株式会社を設立。日立製作所や三菱地所株式会社などの成熟企業の出島戦略の伴走を行い、60件以上の新事業を創出している。

■対談

18年間、日立製作所で新規事業に向き合い体験した「イノベーションのジレンマ」

進行役 平山里桜(以下、平山):日立製作所からの出島会社「株式会社ハピネスプラネット」を立ち上げた矢野さんに、成熟企業で新規事業を成功させるためのヒントを伺います。いろいろ質問に入る前に、まず矢野さんが日立製作所で新規事業の立ち上げに関わることになったきっかけを教えてください。

矢野和男(以下、矢野):私は日立製作所(以下、日立)に入社して2021年で38年目を迎えます。社歴としては、入社から20年間は半導体の研究開発に従事していました。日立が半導体の研究から撤退すると宣言したことを皮切りに、18年間、新しい分野の研究開発と新規事業の探索をしていました

矢野
日立製作所 フェロー/ 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO 矢野和男氏

データを活用して人や社会を幸せにすることを目指し、いろいろな形で事業化を行いました。2005年ごろに日立の社内ベンチャーとして立ち上げたのですが、正直な話、資金提供や人的なリソースが限られていたこともあり、うまくいかなかったですね(笑)。

根本隆之(以下、根本):その社内ベンチャーは、日立のビジコンのような立て付けではじめたのでしょうか?

矢野:いいえ。社長直下の事業ではありましたが、それは社内の既存事業部からもサポートされない小さな事業部隊という感じでした。この時の経験から社内ベンチャーという形態の限界を感じました。

その後、2009年に新たに新規事業部隊を立ち上げ、日立グループの会社でハピネスプラネットの前身となるような事業をはじめていたんです。ただ、これもうまくいかなかった

根本:具体的にはどんなことがあったのでしょうか?

矢野:具体的なエピソードとして、立ち上げメンバーに優秀な営業担当がいて、半年かけてやっとお客様に提案できるところまで立ち上がって、よし、お客様のところへ行こう!となった矢先に、主力事業へと異動になりました。もう、これでは新規事業はうまくいかない、と当時は思いました。

根本:苦い現実として、エースは既存事業で一番活躍してほしいですものね…。

矢野:そうなんですよ。まさしく「イノベーションのジレンマ」です。真っ当で合理的な経営判断として、このようなことになるんだと思いました。主力の事業と比べて、新規事業の優先度が上がらないという問題です。人材の強化もできませんでした。

根本さん
キャプション:キュレーションズ株式会社 代表取締役 根本隆之氏

根本:企業として資金はあるけれど、新規事業になかなか流れてこない、という問題ですね。成熟企業内によくある、スタートアップ的な事業や組織を管理できる仕組みがないことが原因で起きる問題です。

矢野:成熟した企業で新規事業を継続するのはなかなかエネルギーがいるんですよね。新事業を開発する新たな仕組みもいろいろな試みがされていますが、前例が無いし、時間がかかるので難しいです。成熟した企業の構造として、収益が出ている既存事業にリソースは流れていくものですから、ただでさえ労力のかかる新規事業にコミットする方針にはなかなかならない。

根本:実際に、数字で見ると初期の新規事業のインパクトは微々たるものなんですよね。企業の経営判断としては合理的であることは間違いないです。ただ、それを繰り返していると、なかなか新規事業は育たないんですよね。
矢野:このような経験から社内ベンチャーや新規事業組織では構造的にうまくいかないことを認識しました。だからこそ、3回目の挑戦ではやり方を変えて、「新規事業を本体から独立させたい」と考え、その一環で根本さん(キュレーションズ)に相談したんです。

前例のない出島会社「株式会社ハピネスプラネット」誕生に向けた内部戦略

根本:3回目の挑戦で矢野さんが選んだのはまさしく「出島戦略」ですよね。

矢野:はい。大企業のアセットとスタートアップの機動力を併せ持つ第3の形態、出島戦略をとりました。出島戦略って、言い換えると「上陸作戦」だと考えています。上陸作戦において陸海空すべてを統合した機動力をもった作戦が必要なのと同じで、新規事業には、マーケティング、イノベーション、デリバリーという事業の構成要素がすべて必要で、これを機動的に統合する必要があります

このために、実証実験を繰り返して、事業化への目処がたったところで出島化を図りました。その結果、日立や他の株主からも支援を受けれることになり、2020年7月に日立製作所から新会社として「株式会社ハピネスプラネット」を設立しました。

矢野さん

根本:矢野さんが「会社を日立から分社化して、出資を受けたい」と本格的にお話しされたのは、2017年ごろだったと思うのですが、そこから会社設立と出資まで3年かかっていますよね。この3年間は「準備期間が必要だった」ということでしょうか。

矢野:準備が必要だった、というよりも「それを選んだ」という方が正しいですね。スタートアップの立ち上げでは、事業の成長に合わせて外から段階的に資本を入れて会社を徐々に大きくしていくのが普通です。

出島会社の場合には、むしろある程度の準備が整うまで、親会社に籍をおくことで、うまくいかなかった場合のリスクを下げることができ、さらに準備が整った時には、通常のスタートアップよりも大きめの資本金で開始できると考えました。

根本:なるほど。ハピネスプラネットの事業を軌道に乗せるための最短ルートが3年だったんですね。

新規事業の創造に必要なのは「顧客起点の思考」

進行役 平山:出島戦略を成功させた矢野さんに伺いたいのですが、成熟企業で新規事業を成功させるために気をつけるポイントってありますか?

矢野:フェーズによって違いますね。たとえば、インキュベーションフェーズではアイデアをどうやって大きな話にできるかというのがポイントですし、事業化のフェーズでは実証実験をスピーディに実施できる環境づくりがポイントです。いろいろありますが、実験と学習を常に繰り返して前進することでしょうか

実体験として、私が18年前から新規事業の創造で意識していたのは「最初から顧客を巻き込むこと」です。そうすることで、顧客や社会から自分の事業アイデアがどう受け取られるか?という視点を持てます。その意味で顧客と直接話せる状況をつくることが極めて重要です。

根本:まさに「顧客と共創する」ための発想と行動ですね。

矢野:技術者は、顧客とのタッチポイントがあまりない場合が多いわけです。だからこそ、顧客への提案の機会や協創の機会がどうしたら増えるかを常に意識してきました。プロトタイプや実証実験はそのための手段と考えていました。私は『予測不能の時代』や『データの見えざる手』という書籍を出しているのですが、書籍の出版は外との接点を作るのに大変効果的です。

バックキャスト / フォーキャスト思考の掛け合わせで成長する組織は生まれる

進行役 平山:矢野さんは「幸せ」を事業の根幹にして、アプリケーションの開発・提供というアプローチで事業を展開していますが、その先に達成したいのはどんな世界ですか?

矢野:「あらゆる人が前向きな1日を応援しあって創れる社会」ですね。これには各人が目的をしっかり持つことが大事です。目的ではなく、手段にこだわることで、本末転倒になっていることが大変多いと思います。特に仕事においては、手段しか知らないと「言われた通りやりました」というような捉え方しかできないし、思考もそこで終わってしまう。目的から思考がスタートしていれば、より柔軟な判断ができるし、新しい事業を創造する思考も養えるんです。そして、あらゆる活動の最上位の目的は常に幸せなので、自分がやっていることと幸せとの関係がしっかり捉えられてるということが、人の自由度を上げて前向きな1日を可能にします。


根本:新規事業の立ち上げに携わっていると、ビジョン不在・コンセプトがなくて目の前のやることを追いかけているケースが多いです。言い換えると「バックキャストをしてフォーキャストもする」ができていないんです。なので、それができている組織は強いですね

根本さん

ところで、矢野さんがハピネスプラネットを立ち上げたときの「立ち上げメンバー」ってどうやって集めたんですか?

矢野: もともと10年近く一緒にやってきたメンバーを中心に立ち上げました。そのメンバーでまかないきれない能力はスピード重視で、外部の人材やサービスを活用しました

根本:そこでキュレーションズにハピネスプラネットのアプリケーション開発を委託してくださったんですね。

矢野:はい。たとえば、アプリストアに登録するといったことを社内で取り組もうとなると手続きがすごく大変なんです。1ヵ月でやめるかもしれない実証実験に、社会インフラの開発に必要な重たい手続きを行うのは無駄です。それで、キュレーションズに出島的な機能を持ってもらって、アプリケーションの実証実験を行いました。現在はわれわれ自身が出島的な立ち位置に立てていますね。


根本:ハピネスプラネットのアプリケーション開発は、はじめてアジャイルで開発をさせてもらえたプロジェクトで、いまから6年前の2015年ですね。リリース当初は不具合も起きてとても申し訳なかったのですが、そのたびに矢野さんが「実験を繰り返しているからアジャイル的に進めることに意味がある」と言ってくれたのが印象的です。最終的に、出島会社化できたのも自分ごとのように心から嬉しかったです。

Happiness Planet
ハピネスプラネットとキュレーションズが共同開発したアプリケーション「Happiness Planet(iOS / Androidダウンロード可能)

進行役 平山:そろそろ対談の終わりの時間になってきました。視聴者からいただいている質問「日立で出島会社の波は続きそうですか?」に応えて締めようと思います。

矢野:できそうかどうかという予測をしても意味はなく、ハピネスプラネットという実例をみて、後に続く人たちが出てくるようにしたいですし、それにはこの会社を成功させることが大事です。そうすれば、日立に限らず「出島」というやり方が拡がり、これが日本の産業の活性化につながると考えています。

われわれがこの先に成功をして、成熟企業で新規事業を立ち上げていたり、出島戦略を検討していたりする人たちのロールモデルとなっていきたいですね。

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